医局に入ると、医師のキャリアはどう決まっていくのか。残り続けるのと外に出るのとで、その後の働き方はどう分かれるのか。結論から言うと、医局でのキャリアは「医局の人事」と「医局の規模」に大きく左右され、自分で決められる範囲は思っているより狭いです。そのうえで、残るか出るかの分かれ道は、専門医が見えてくる時期にやってきます。

この記事では、小さな医局で腎臓内科医として働いたアイジュさんと、大学のマンモス医局から10年目で外に出た消化器内科医のゆーさんの経験から、医局とキャリアの関係を整理します。医局の仕組みそのものは医局とは?完全ガイドで解説しています。

医局でのキャリアは「人事」で決まる部分が大きい

医局に所属すると、どの病院で何年働くかは、基本的に医局の人事で決まります。本人の希望が通ることもありますが、医局の事情が優先される場面は少なくありません。

アイジュさんの場合、大学を離れたのは2年半の出向だけでした。何十年ぶりかに腎臓内科が人を出す病院で、「開拓してこい」と言われて送り出された。本人いわく「完全にコマ」です。そこで、できる医師がいなかった腎生検を立ち上げています(エピソード12-3)。

人事は、大学院に入るタイミングにも響きました。通常なら6〜7年目で大学に戻って大学院生になるところ、最初の異動が7年目だったため、戻るとすれば8〜9年目にずれる。医局としては現場を回してほしいという事情が強く、結果としてひたすら臨床を続けることになったそうです。

アイジュアイジュ
当時の助教授に「行ってこい」と言われて、「へい」と返して行きました。完全にコマですよね。でも、そこで腎生検を始められたのは自分の功績だと思っています。

医局の人事で動くことは、悪いことばかりではありません。自分では選ばなかった場所で、新しい技術を立ち上げる経験ができることもあります。ただ、キャリアの時間割を自分で組めないという前提は知っておいたほうがいいでしょう。医局内の序列や役職については医局の役職とヒエラルキー完全解説にまとめています。

医局の規模で、キャリアの景色はまるで違う

同じ「医局」でも、規模が違えば別世界です。ゆーさんの消化器内科は、OBを含めると300〜400人が名簿に載るマンモス医局でした。一方、アイジュさんの腎臓内科は、OBを全部集めても20〜30人(エピソード12-1)。

  • 教授との距離:小さい医局のアイジュさんは、院内電話で教授に直接話しかけられる関係でした。マンモス医局のゆーさんは、アポイントを取り、秘書さんに連絡し、手土産を持って行く世界だったそうです
  • 上の先生の働き方:小さい医局では講師も現場に立ち、祝日の透析当番を頼むこともあった。人が少ないので、上も下も臨床を回します
  • 人事の動き方:小さい医局は人を大学に戻さざるを得ず、出向先の枠も人が抜けると閉じることがある
  • 専門に絞れる時期:ゆーさんの病院では内科を一通り回り、消化器一本になったのは4年目から。今は5年目まで入局させない医局もあるそうです(エピソード12-2)

医局の色は、大学の名前だけでは分かりません。入局を考えている段階なら、医局説明会で規模や人事の動き方を具体的に聞いておくと、入ったあとのキャリアが想像しやすくなります。

医局にいて得られるもの

医局を出た2人ですが、医局で得たものも率直に語っています。

ゆーさんが外に出てから気づいたのは、医局の中の医師の質の高さでした。医局の外の病院でバイトをするようになり、初めて他所の内視鏡画像を見た。撮り方も、残っている画像の質も違う。丁寧に撮るのが当たり前だと思っていたことが、外では当たり前ではなかったそうです(エピソード12-4)。

上司にも恵まれていました。初期研修から後期研修まで7年間お世話になった先生たちを、ゆーさんは「神でしたね」と言い切っています。主治医として40人近く受け持って回らなくなっても、上の先生が拾ってくれた。上が本当に働いているから、ハードでも許せてしまう環境でした。

ゆーゆー
外で他の先生の内視鏡画像を見ると、見るだけで分かっちゃうんですよ。医局で教わったことの質は、出てから気づきました。

研修医になるとき、ゆーさんは父親から「手技は後からいくらでも取り戻せる。最初に学ぶべきは考え方だ」と言われたそうです。ただ、それが今も通じるかは分からない、とアイジュさんは付け加えています。大学病院にいても雑用で終わる科もあるだろうし、手技そのものがロボットやAIに置き換わる可能性もある。過去の成功パターンが当てにならない時代だという点で、2人の意見は一致していました。医局に入るメリット・デメリットは医局のメリット・デメリットで詳しく比べています。

残るか出るかの分かれ道は、専門医が見えたとき

2人が勧めているのは、臨床一本でいいから、専門医が見えるところまでは行くことです。専門医はその領域の標準的な知識の保証になり、こけたときに戻る場所にもなる。そこから、臨床に注いでいたエネルギーの1〜2割を、ほかの可能性を探すほうに振り分ける(エピソード8-2)。

医局に残るか出るかを考えるのは、このタイミングが現実的です。専門医を取る前に出ることもできますが、その場合の考え方は医局に入らないという選択や専門医とキャリア形成を参考にしてください。

医局に残るキャリア

医局に残れば、関連病院での経験、大学院での研究、指導医としての役割と、医局が用意するルートの上でキャリアを積んでいくことになります。人事の安定や、困ったときに相談できる先輩・同僚の存在は大きな支えです。一方で、勤務先や時期を自分で選びにくいこと、仕事量のコントロールが難しいことは引き受ける必要があります。アイジュさんは医局時代、1か月まるまる休みがない月もあったと振り返っています。

医局を出るキャリア

ゆーさんが医局を出たのは10年目、専門医試験を待っている時期でした。理由は子育てに関わりたいということ。教授の交代期を「ここしかない」と見定めて押し通し、それでも辞めると決めてから転職までは1年以上かかっています(エピソード2-1)。

週5〜6日で当直もある生活から、週4日程度に。収入は下がる覚悟でしたが、実際には週4.5日の勤務で前の年収を超えたそうです。今は臨床に加えて、産業医とパーソナルドクターの仕事を組み合わせています。

ただ、出たあとに「ここからどう成長すればいいのか」と焦った時期もありました。周りに医局の外へ出た医師のロールモデルがいなかったからです。医局を出るなら、出たあとのキャリアを一緒に考える仲間や情報源を先に探しておくと、この空白を短くできます。辞めた医師の本音は医局を辞めてよかったに、具体的な手順は医局の辞め方・辞めるタイミング完全ガイドにまとめています。

アイジュアイジュ
あの頃は良かったと言えるのは、今そうじゃないからなんですよ。本当に働かないとやっていけない状態だったら、そんなこと言えないです。
ゆーゆー
自分でコントロールできるかどうか、ですね。僕は勢いで抜けた側ですけど、外に出て初めて自分の立ち位置を客観的に見られました。

どちらを選ぶにしても、決める前に考える時間を取る

残るか出るかに、全員に共通する正解はありません。判断の軸として、2人の話から3つ挙げておきます。

  1. 医師のキャリアではなく、人生のキャリアで考える:アイジュさんは、人生の大きな決断はどれも医師のキャリアの話ではなかったと言います。人生から見て、そのうえで医師としてのキャリアを決める
  2. 働き方を自分でコントロールできるか:仕事量や時間を自分で決められる状態かどうか。50代になって「働きたくない」と言いながら働くのは嫌だった、とアイジュさんは話しています
  3. 考えるための時間を、まず1日取る:キャリアの問いは10分15分では答えが出ません。いきなり辞めなくていいので、まず考えるための休みを1日だけ取る(エピソード11-1)

考えた結果を言葉にしておくと、面接でも医局との話し合いでも軸がぶれません。書き方は医師のキャリアプラン例文で紹介しています。

よくある質問

医局に入らないと、キャリアで不利になりますか?

専門医の取得や研修先の確保で、医局に入っていたほうが進めやすい場面はあります。ただ、入らない選択をする医師もいて、専門医を取る道もあります。詳しくは医局に入らないという選択で解説しています。

医局を辞めるなら、何年目がいいですか?

2人の考えは「専門医が見えるところまでは臨床一本」です。ゆーさんは10年目、専門医試験を待つ時期に出ています。タイミングの考え方は医局の辞め方・辞めるタイミング完全ガイドを参考にしてください。

医局を出たあと、どんな働き方がありますか?

市中病院での勤務に加えて、非常勤、産業医、海外勤務など選択肢は広がっています。ゆーさんは臨床と産業医・パーソナルドクター、アイジュさんはベトナムで臨床を続けています。全体像は医師のキャリア完全ガイドにまとめています。

PODCAST

医局の外で会いましょう

医局を抜けた2人の医師が、キャリア・お金・生き方を本音で語るVideo Podcast。シーズン12では、医局の中の話をたっぷり語っています。

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外に出るまで、自分の当たり前は疑えない

医局の中にいるあいだは、自分の働き方が当たり前に見えます。ゆーさんが医局の指導の質に気づいたのも、アイジュさんが自分の医局の壁の低さに気づいたのも、外の人と話してからでした。残るにしても出るにしても、医局の外の話を一度聞いてみることが、自分のキャリアを考える最初の一歩になります。